K.O.さん 受験突入編

受験

帰国子女の受験の存在を知ったのは10年生くらい?だったと思う。

ネットでちょろちょろっと見て自分の学力の2、3ランク上を目指せるって書いてあってすげーって思った。

しかも一般受験より簡単って言ってて、まあでもまだいいやと思ってなんもしなかった。いやそれは嘘。
TOEFLの本は一応買って勉強しようとしたけど何からすればいいのかわかんなかった。

初めてTOEFLを受けたのは2017年の八月。

記念すべき最初のスコアはずばり68。R13, L14, S19, W22。
このときからwritingだけはずば抜けてた模様。笑

当時はまだどこに行きたいかも考えてなくて適当に早稲田〜?とか慶応〜?とか言ってたけど、
スコアを見てMARCHのどっかの基準までもう少しじゃんって喜んでたのは覚えてる。

SATは全然受けるつもりなくて本も買ってなかったしcollege boardのアカウントすらも作ってなかった。

アメリカ人の友達からSATは二回くらいにしとかないと受けすぎたら大学からの印象下がるよ的なことを言われて
ちゃんと勉強して点数出るようになってから受ければいいやと思ってた。

 

Juniorの年の10月にPSATを受けた。

ほんっとうに何も勉強してなくてしかも前日に親と大げんかして号泣して次の日の朝目はれるし気分悪いしで
最悪のコンディションだった。

 

結果は970。英語450に数学520。

全然足りないのはわかってたけど特に焦りは感じなかった。

まだ一年あるし〜って。その楽観的な思考もいまとなってはどこからきたのかわかんないけど。。。

 

初めてちゃんとしたSATを受けたのは12年生になった年の八月。

11年生で受けようか迷ってたけど12年生になってからでいいやと思って対策という対策もしてなかった。

1110だったかな。

勉強は過去問を解いて丸付けしただけ。

それで満足してた。

出来が悪くてもまあいつかはあがるでしょって軽い気持ちだった。

あのときの自分は一年後まさかここまで点数の伸びに悩むとは思っていなかったと思う。

そして過去に戻ることが出来るならそのときの自分に言いたい。

そんなにモタモタしてる時間ないよって。

 

11年生が終わったあとの夏に代ゼミで東洋のSATの授業を受けた。

正直最初は過去問とか全く解かないしなにこれほんとに点数あがんのって思ってた。

 

でも松村先生が「過去問を解いて丸付けして、はい終わりを繰り返してて点数があがるわけない」
って言ってるのを聞いてドキッとしたのを覚えてる。

自分じゃんって。

 

私もそうだったように、丸付けしてももう一回その文を読み返してなんでこれは間違いなんだろうと
考える作業をしてる人はかなり少ないと思う。

松村先生が、僕たちは絶対に点数をあげられるんでとか言ってて入ろうと思った。

そんなことどこの塾でも言うけどなんかほかの塾とは違うなにかを感じた。

なんかこの塾なら本当にあがるかもって思った。

引っ越し先のアーバインから約一時間。

通えない距離ではないなと思ってその日神奈川のおばあちゃん家に帰ってから長崎にいる母に電話して、
TOYOの時間割表を見ながら通えるかとかどのクラスを取るか相談したのを鮮明に覚えてる。

 

東洋に体験に行ったのは八月の後半。

そのとき八月のSATの点数を見せてお前数学へたくそやなって笑われた。

そのときの点数、580。当時はまあこんなもんっしょって思ってた。
まあ今の自分からしたらくっそ悪いけど笑

 

日本にいた時はその当時通ってた塾のおかけでっていうのもあったけど勉強はまあできる方で、
アメリカに来てからも、他の人より英語が劣ってる私でも彼らより上か同じくらいのレベルでいれた
唯一のクラスは数学だった。

だから、自分は数学ができないっていう自覚が全くなくて、言うほど得意でもないし好きでもなかったけど
そこそこならできると思ってた。

そして東洋に来てから自分の数学のできなさを痛いほど感じさせられた。

 

最初の方は日本の小学生の問題を解いていた。

周りに全くついていけなくて劣等感に追われてて日本語の問題を解いてるときの時間は本当に憂鬱でしかたなかった。

慣れてきたら少しずつわかるようになるとか言われたけど全くわかんなかった。

解く前からもうわかんないってほぼ諦めててボーっとしてたら牧野先生から「手動かせ。もがけ苦しめそして羽ばたけ」って言われた。

それでちょっと考えて少しでもなにかわかったときは解ききれなくてもめっちゃうれしかった。

人間こうやって勉強していくんだなと思った。

そして、先生はそれを私たちに教えようとしてくれてるんだなと。

 


十月のSAT

まだ数回残ってるしそこまで危機感はなかった。

八月のSATから110点アップの1220。

まあ、まだまだ慶應には届かない点数だけど、伸び具合にびっくりした。

TOYOすげえって思った。

このまま順調に伸びれば最高って思った。
まあでももちろんそんな簡単には伸びてくれない。

11月はサブジェクトテストを受けて、12月のSATでは20点落ちた。
結構なえた。

まあでも、この時期に落ちてもおかしくないって言われて少し気が和らいだ。

三月頑張ろって思った。
(すみません。あんまり記憶が新鮮じゃないのとそのときは
今ほど受験生っていう実感がなくて書くことがあまりない)

 

年があけて少ししてから日本語のパケットのかわりに模試をし始めた。

そして回を重ねるたびにだんだんと前までしてた日本語のパケットの大切さがわかった。

SATの数学のほとんどは基礎の積み上げなんだと。

そして自分がどれだけ基礎が出来てないかが身にしみてわかった。

模試の点数がぜんぜんあがんなくて心配になって帰り道ひとり泣いた日もあった。

そろそろあげないともう時間ないって焦り始めていた。

ずっと600点台をうろちょろしてて一体いつ700超えるのって思ってた。

しょうもないうっかりミスを繰り返して自分の情けのなさにがっかりしてた。

気をつけてるつもりなのになかなかなくならないうっかりミス。
「痛い目」にあってもなかなかなくならないうっかりミス。

このひとつひとつのうっかりミスが自分自身を700点から遠ざけていた。

といっても初めて700超えたのはそんなに前じゃない。

初めて700点超えたときは、すごく嬉しかった。

あーやっとかー。って。

初めて先生からお前800取れるんやでって言われたときは正直「なにをおっしゃるウサギさん」って感じだった。

いやいや、この私が?800?ないない。
800なんて夢にも見てなかった。

でも、初めて模試で770とったとき、んんん?これはだれの点数?って思った。
まあ、自分のなんだけど信じれなかった。

そのとき、先生が言ってることが少しわかった。もしかしたら、本気で頑張ったらいけるかもって思った。


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